移住立国あやべ

移住者の声Voice

【豊里に移住した経緯】
櫻井喜仁さん・史さん夫妻

就農のため綾部に移住し、茶農家として独立した櫻井喜仁さん・史さん夫婦。
移住された経緯や今の想い、今後についてを伺いました。

--経歴を教えてください

(喜仁)私は大阪府貝塚市の出身です。小学生の頃から生き物が好きで、将来は生物の先生になりたいという夢を抱いて育ちました。進学した東京農業大学では国際農業開発分野を専攻し、在学中に沖縄のさとうきび畑へ農業実習に行った時に、実践としての農業に惹かれ、その道を志すようになりました。卒業後はアメリカで2年間、農業研修のプログラムに参加しました。そこで有畜複合農業の可能性に惹かれ、帰国後に北海道の牧場で養豚に携わるようになります。

 

(史)その北海道の牧場に私が実習生として来ていたことで私たちは出会いました(笑)。私は滋賀県大津市の出身です。もともと自然や動物が好き、身体を動かすのも好きでした。北海道の大学で2年間、酪農を学び、先ほどの牧場を経て鹿児島でも農業研修に参加、その後、地元滋賀県の農業法人でしばらく働きました。

 

(喜仁)その後、私は鹿児島県や長野県で養豚などの仕事を転々としました。転機をむかえたのは30歳を迎える前、今までとは違う感覚で「農業を自分でもやってみたい」という気持ちが沸き上がってきました。史さんとも相談しながら関西での就農を模索している中で、京都府が主宰する『担い手養成実践農場』という取り組みを知ります。そこで綾部の離農茶園を紹介されたことで、「茶農家として夫婦二人でやっていく」ためのスタートラインに立ちました。

※有畜複合農業とは、作物栽培と家畜飼育を組合せた農業形態。耕種によって得た飼料を家畜に利用すると同時に家畜の労力またはその肥料を耕種に利用する。

 

新規就農のため綾部に移住した時に地元の方から「ここが櫻井くんの茶園やで」そう言われた言葉が忘れられないという。その時から新たなチャレンジは始まった。

 

 

--茶農家としての今を教えてください

(喜仁)綾部に来た2006年から『担い手養成実践農場』としての研修がスタートしました。研修では、近隣の方に『技術指導者』『後見人』になっていただき、茶栽培の方法から地域での生活まで、事細かに支援してもらえました。おかげさまで茶園は目標の規模に達し、今では茶農家として生活していけるまでになりました。

豊里地区にある櫻井さんの茶園

 

--綾部での暮らしはどうですか

(喜仁)はじめは人間関係の面など不安もありましたが、地元の人たちに優しく、気さくに接してもらえたことが嬉しかったです。移住してすぐに、地元の若人の集まり「和光会(わこうかい)」や、消防団の一員にもなったことで、顔を覚えてもらえたのかなと思います。

 

(史)町内の人たちと食事に行ったり、困りごとがあれば声を掛け合ったり、そんな関係が心地いいです。隣家の横田商店にはお茶の商品を取り扱ってもらったり、地域ぐるみで「茶農家」としても応援してもらっていることが励みになります。

 

「いつもここではないどこかを目指していたけど、根っこのあるものを相手にすることで、この地でやっていく心が決まった」と喜仁さんは言う。茶園を「継いだ」ことで、自分が次の世代に「繋いで」いく意識も芽生えた。

 

--今後の展望をお聞かせください

(喜仁)今は「時代を越えて受け継がれてきた茶園の歴史や積み重ねのうえに自分たちがいる」ことに感謝しています。今後は『お茶の魅力』をこの場所からもっと伝えていきたいです。出会いを大切に、いろいろな分野の人たちとコラボレーション(協働)していけたら嬉しいです。

 

(史)これまでは「いい茶葉」に仕上げることに力を注いできました。結果として良かったのですが、どちらかというと内向きにエネルギーを使っていた気がします。今はお茶を通して出会ういろんな方と接して、その中で商品を開発したりイベントを企画したりと、外向きの意識に変わっているように感じています。それはすごくいいことだな、と。これからも自分たちのペースでやっていきたいです。

 

茶園を歩く二人